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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)13330号 判決 2000年2月25日

①判決

原告

株式会社八幡道路

右代表者代表取締役

岡本英藏

右訴訟代理人弁護士

安永一郎

被告

大陽東洋酸素株式会社

右代表者代表取締役

於好之輔

右訴訟代理人弁護士

川合孝郎

松尾翼

中村千之

金子浩子

吉田昌功

片岡朋行

主文

一  原告と被告間の大阪地方裁判所平成一〇年(手ワ)第四〇二号約束手形金請求事件について同裁判所が平成一〇年一二月一一日に言い渡した手形判決を取り消す。

二  原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一〇月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し別紙約束手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)の手形金五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日(平成一〇年一〇月一六日であることは当裁判所に顕著である。)の翌日から支払済みまで手形法所定年六分の割合による利息の支払いを求めた事案である。

一  前提となる事実

以下の事実は当事者間に争いがないか、甲一の一乃至三及び弁論の全趣旨により容易に認められる。

1  遠賀信用金庫は本件手形を所持していた。

2  被告は本件手形を振り出した。

3  原告は拒絶証書の作成を免除して本件手形に裏書した。

4  遠賀信用金庫は本件手形を支払呈示期間内に支払場所で支払いのため呈示したが、支払いを拒絶された。

5  原告は、遅くとも本件訴訟を提起した平成一〇年一〇月六日までに、遠賀信用金庫に手形金額を支払って本件手形を受け戻した。

二  争点

本件手形は受取人の株式会社ユニオン(以下「ユニオン」という。)が盗難に遭った手形であって、盗難後に本件手形を取得した者は、原告を含めていずれも悪意又は重大な過失があったかどうか。

第三  争点に対する判断

一  本件手形は盗難手形か。

甲一の二、乙一乃至乙五及び弁論の全趣旨によれば、本件手形は、ユニオンが平成一〇年五月五日午後八時五〇分頃から翌六日午前六時三〇分頃までの間に神奈川県横浜市鶴見区尻手<番地略>の同社三階事務室で保管中に盗難に遭った三九通の手形のうちの一通であり、ユニオンの裏書は偽造であることが認められる。

二  原告は本件手形上の権利を有するか。

1  乙山次郎の善意取得の成否

甲二〇によれば甲野太郎(以下「甲野」という。)は乙山次郎(以下「乙山」という。)から本件手形を受け取ったと認められるが、(一) 一般に被告のような上場企業が振り出した手形を受け取った場合、自社又は銀行等の取引金融機関で保管して満期に手形交換に回すか、満期前に資金化の必要がある場合には取引金融機関に割引依頼するのが通常であって、受取人から転々譲渡されるのは異例であり、(二) 甲二〇によれば乙山は「白子のり」と関係があり、不動産開発やモンゴルでゴルフ場の経営をしたりしていたこと及び乙一八の一から、乙山はユニオンが前記盗難に遭った被告振出の別の手形を所持していた乙山三郎と同一人物と推認され、(三) 甲二〇、乙一及び被告の商業登記簿謄本によれば、振出人、受取人と乙山は業種上の関係はないと認められ、(四) 甲二〇によれば本件手形と同様に甲野が乙山から取得した乙六の一八、一九、二〇、二一、二三、二四の各手形(乙一及び乙五によれば、これらの手形もユニオンが前記盗難に遭った手形であると認められる。)にはユニオンの白地裏書の次にトータルメディアシステムズ株式会社(以下「トータルメディアシステムズ」という。)の白地裏書がされているが、裏書欄の記載では同社の所在地は東京都渋谷区富ヶ谷<番地略>となっているが、乙四によれば右住所では同社の商業登記はされておらず、乙一一の現地調査の結果によれば右住所に同社の事務所はないことから、同社は実在していないと推認され、(五) 甲二〇によれば、乙山は甲野に本件手形及び右各手形の入手経過を説明していないと認められ、これらを総合考察すれば、乙山は正常な取引によって本件手形及び右各手形を取得したとは認められず、乙山は悪意であったと推認することができる。

また、乙山の前に本件手形及び右各手形を取得した者が介在していたとしても、それらの者はユニオンの盗難時期に一層近接した時期に入手したはずであること及びそれらの者の裏書はないことを併せ考察すれば、それらの者も正常な取引によって手形を取得したとは認められず、悪意であったと推認できる。

したがって、乙山及びその前者の善意取得は成立しない。

2  甲野の善意取得の成否

甲二〇によれば、甲野は乙山から同人に対する貸金六〇〇〇万円の返済として本件手形及び右各手形を取得したと証言しているが、(一) 前記のとおり上場企業の手形が転々譲渡されること自体異例であり、(二) 甲二〇によれば、乙山の事業は順調には行っていなかったと認められるにもかかわらず、突然、多数枚かつ多額にわたる本件手形及び前記各手形を甲野に持ち込んでおり、(三) 甲二〇によれば、甲野は取得時に乙山から本件手形の振出人が一部上場のガス関係の会社であることを聞いていたというのであるから、不動産関係の事業をしている乙山とは業種上の関係はないことは容易に分かったはずであり、(四) 本件手形及び前記各手形の第一裏書人ユニオンの印影は「丙川四郎」の個人印によるものであって会社のする裏書としては不自然であり、さらに同じ個人印であっても印影の字体は二種類あって、一見してもきわめて不自然であり、これらを総合考察すれば、乙山の権利の有無に疑念を持って当然の事情があったといえる。

しかるに、甲二〇によれば、甲野は乙山の返済が滞っていたので、返済が一歩前進したと喜んで手形を受け取り、乙山に対して詳しい入手経過を確認するとか、振出人や支払銀行等に対する確認は一切行っていないと認められるから、乙山に対する貸金が事実としても、甲野は、出所に疑問がある手形であっても返済がないよりはましであるとして受け取ったと推認されるから、乙山が無権利者であることについて悪意であったといえる。

また、仮に悪意でなかったとしても、右のような乙山の権利の有無について疑念を持って当然の事情があったから、甲野は、乙山に詳しい入手経過を聞くとか、振出人や支払銀行に確認する義務があったといえる(振出人や支払銀行に対する確認は電話やファックスで容易に行えるから、手形を取得しようとする者に右のような確認義務を課しても、手形の流通や手形取引の迅速性を害するとはいえない。)。しかし、甲二〇によれば、甲野は何らの確認をしなかったのであるから、甲野は乙山が無権利者であることを知らなかったとしても重大な過失があったといえる。

したがって、甲野の善意取得は成立しない。

3  原告の善意取得の成否

甲二一によれば、原告代表者は、原告は甲野に対して平成四年五月一二日に四〇〇万円、平成六年一二月頃に二〇〇〇万円をそれぞれ貸し付け、別に額面二〇〇〇万円の手形も貸しており、さらに他にも五、六〇〇万円の貸金があり、これらの貸金の返済として平成一〇年六月に本件手形及び乙六の一八乃至二一の各手形を受け取ったと供述している。

しかし、(一) 前記のとおり一部上場企業の手形が転々譲渡されること自体異例であり、(二) 右貸金四〇〇万円については甲二の借用書があるものの、被告の指摘するように走り書き程度のものであって会社が行う貸付の証書としては杜撰といわざるを得ないし、甲二一によれば他の貸付については全く証書を作成していないというのであるから、原告の甲野に対する貸付については、四〇〇万円は別として、その余についてはこれを認めることはできず、したがって、原告は本件手形及び右各手形の手形金合計額に対応する原因関係なしに手形を取得したものであり、(三) 甲二一によれば、甲野からはこれまで僅かばかりの返済しかなかったにもかかわらず、平成一〇年六月になって突然本件手形及び右各手形を持ち込んできたと認められ、(四) 甲野が手形を入手した相手について、甲二一によれば原告代表者はトータルメディアシステムズからと聞いたと供述し、甲二〇によれば甲野は乙山からと説明したと証言していて不一致であるが、多数枚かつ多額の手形の授受について、授受当事者間で入手先についての供述、証言が一致しないことは不自然であり、また、このことから甲野は原告に対して手形の入手経過を説明しておらず、原告も確認していないことが推認され、(五) 甲二一によれば、原告は甲野から手形を取得した後に、被告に電話をして振出確認をしたと供述するが、原告代表者は名乗りもせず、手形金額は告げたが、手形番号や受取人名は告げなかったというのであるから、このような照会では相手方も回答のしようがないうえ、乙八によれば、被告においては手形の振出確認があった場合には経理部資金課において回答することになっているが、被告の経理部には田中という従業員はおらず、原告からの振出確認はなかったというのであるから、振出確認をしたとの原告代表者の供述は採用できず、(六) 原告が受け取った本件手形及び右各手形についても、前記2の(四)と同様に第一裏書人ユニオンの印影は一見してもきわめて不自然であり、これらを総合考察すれば、甲野の権利の有無について疑念を持って当然の事情があったにもかかわらず、原告は甲野に入手先を詳しく聞くとか、振出人や支払銀行に照会するなどの確認をしないまま、本件手形及び右各手形を取得したものであるから重大な過失があったといえる(なお、仮に原告の甲野に対する四〇〇万円以外の貸金が事実であったとしても、右認定を左右するものではない。)。

したがって、原告の善意取得は成立しない。

第四  結論

以上によれば、原告は本件手形上の権利を有しないから、原告の請求は理由がない。

よって、原告の請求を認容した手形判決は相当でないから、これを取り消して原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官田中義則)

別紙約束手形目録<省略>

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